戸隠 本院岳ダイレクト尾根

メンバー:L天久、小田、見上
1日目
6:00 奥社P出発 - 6:40 鏡池 - 7:30 尾根取付き ー 9:30 参道ルンゼ ー   14:30 D7ピーク C1
2日目
5:30 C1発 - 17:30 本院岳ピーク - 19:10 コル C2
3日目
7:20 C2発 - 8:40 八方睨ピーク - 西窟 - 10:40奥社 - 11:40 奥社P

戸隠詣も今回で18回目を数える。これまで完登したルートは5本。八方睨なんかは6回も行ってるので、成否でいうと9勝8敗となる。私が戸隠に興味を持ったのは30代初め、当時所属会の記念誌を手に取った時だった。それには戸隠を舞台に展開される先輩方の記録が並び、執念とも言えるその雰囲気に驚いた。先輩方に近づきたく、2011年2月、山域の入門ルート、P1尾根に初めて取付いた。初めて目にするキノコ雪。両側切れ落ちたナイフリッジ、夜中まで掛かった雪壁登攀。なんとか完登したものの、悪天に追われほうほうの体で下山。
その時、隣の本院岳ダイレクト尾根からこだまするコールを聞いた。山域を代表するルートに畏れと憧れを抱き、通い続けた戸隠の雪稜。いよいよ挑戦する時が来た。

【1日目】晴れ時々雪
ヘッデンを灯し暗闇の奥社参道へ歩を進める。随神門で参道を離れ真っ白な森林となった遊歩道を鏡池へ向かう。スノーシューイングの人気ルートだけに予想通りトレースばっちり。夏は戸隠の姿を映し出す鏡池も、今は凍り付き歩いて渡れるらしいけど、万が一ドボンしたら全てがパーになるので大人しく池の際をラッセル。ここから不動川に向かって約150m下降したらダイレクト尾根の取付きだ。帰りも八方睨を降りてくるのであれば合理的なラインだけど、このアプローチを使った記録は見たことない。不動川からひと登りでダイレクト尾根にのり、白樺台地にてトレースを発見。残念ながら一番乗りではなかったようだ。

■D1
一目でわかる鳥居ハングにぶち当たり、いよいよルートに差し掛かる。参道ルンゼがダイレクト尾根への入口だ。ザラメ気味の雪壁だがこの日はロープ不要。登りきったところがD1。

■D2
(1ピッチ目)小田
岩壁にブチ当たり行く手さえぎられる。通常は上部にキノコ雪が発達し直登出来ないようだけど今回は行けそう。最初のピッチは登攀隊長の小田。戸隠特有のボロい岩にロープを伸ばす。ハーケンを受け付けないので灌木まではガマンのクライミング。15m直上後、雪の混じった藪を抜けたところでピッチを切る。

■D3~D5
本来ならロープを出すような斜面もトレースのせいで特段問題となる個所はなく、小ピークとコルをつなぎながらグングン高度を上げ、戸隠の里を見下ろすようになると気分も上がる。周囲は八方睨からP1尾根まで、左右を物凄い迫力で大岩壁が取り囲み、誰も登ったことのない氷瀑を掛けている。「この雰囲気、とても2000mの山とは思えない。」と見上君が驚く。頭上には幾重にも尖峰が連なり、尾根も険しさを増していく。緊張感とは裏腹に、響いてくるお昼のアナウンス。背後には飯綱山に広がる戸隠スキー場。
このギャップが最強の里山。D4直下にテンバを発見。先行P(以降Aパーティ)は1日早く入山していたようだ。

■D6
悪い木登りピッチが続くけどロープは出さず、2ポイントお助けシュリンゲで時短。登り切ったキノコ雪の上でトレースが宙に消えた。Aパーティは土嚢を埋めて懸垂した様だ。その時コールが聞こえ、見上げると前方のD7ピークに2つの人影が。トレースの主だ。ここで追いつくとなると結構時間が掛かっている様子。トレース追うだけではつまらんので、我々はキノコ直下のトラバースを選択。

(2ピッチ目)天久
キノコ雪のリッジ下。雪壁トラバース。距離は10mもないが頭はルーフに押さえられ、足元は急斜面に剥がれ落ちそうな雪。「これ、行けるんですか?」と小田が不審そうに聞く。「こういうのは任せなさい。」スコップで頭上の雪を削って傾斜を寝かせ、スノーバーを差し替えながらスタンスを崩さないように静かに足を運んでクリア。

■D7
(3ピッチ目)天久
両側スッパリ100mくらい切れ落ちた尖塔。しかし正面は岩壁が立っておりリッジ通しには登れない。微妙なバンドを5mトラバース。ホールドがあまく、少しかぶり気味で気持ちが削られる。その後側壁の草付きから直上。上部に行くほど藪は濃くて、安心だがうっとうしい。ランナーは取れるけど、枝は邪魔するし雪はどんどん崩れてステップ決まらずで腕力勝負のピッチ。息を切らせて登りきると、D8(ジャンダルム)が凄い迫力で目に飛び込んできた。
これまでの小ピークとは大きさがまるで違う円錐状の巨大な塔が立ちはだかる。ピークに向かうリッジは、下部は雪稜だが中間部が垂直の小岩壁となり、リッジ通しに行くなら岩壁の側面から登る事になりそうだけど、その面はここからでは見えない角度。ちょっと行く気がしない。
一方、AパーティはP1尾根側の雪田をトラバースし支稜からロープをのばしている。結構時間もかかっており難しそうだ。

時計を見ると15時前。Aパーティを追う事も考えたが、時間切れとかテンバが無いとかなってもイヤなんで広々としたD7のピークでテントを張る事にする。まあ、ロケーションも良いし初日の行動としてはずいぶん進めたし御の字。

整地中に2人P(以降Bパーティ)が登ってきた。彼らも先に進むか迷っていたが、我々のほんのちょっと先、D7/D8間のコルで終了。

【2日目】晴れのち曇り
核心であるD8の登攀。先行されるのは何としても避けたい。コルにいるBパーティを出し抜くべく、日の出より1時間早い5時半に出発。小田が先頭を切って懸垂で暗闇の底に降りていく。ところが彼らは昨日のうちに1ピッチ分FIXを張っていた。しかもあの悪いリッジ通しに!
出し抜かれたのはこっちだった。しかしようやるわ。どう見ても垂直の壁にキノコが薄く張り付いた激悪ピッチだ。

■D8
(4ピッチ目)天久
我々は昨日のAパーティと同じラインを行く。いったんP1尾根側の雪田に懸垂で降り、雪壁状のルンゼにロープを出して50m登り返し。

(5ピッチ目)見上
有望若手を送り出す。小コルからリッジを回り込み、凍った草付きにバイルをサクサク決めて登攀するさわやかなピッチ。

イカツイ風貌とは裏腹にD8のピークはテントも張れる広い台地状。懸垂1ピッチでギャップに降りるが、そのコルは垂直ゴルジュのような岩壁に取り囲まれ地形図では読み取れないような凄まじい光景。

■D8/D9コル
(6ピッチ目)小田
コルから這い上がる草付きから雪稜のピッチ。念のためにロープを出す。

■プラトー
ルート上、もっとも広々として平和な空間。D8を振り返るとテッペンには激悪ピッチを終えたBパーティの姿。すごいな、アレ登ったんか。昨夜テンバをおいたD7のテッペンにも新たな2人パーティが。(以降Cパーティ)。

2月が旬で日程も最低4日でないと計画できないダイレクト尾根だけに、この週末は皆が狙っていてもおかしくはない。とはいえ、こんなに大盛況というのは少し複雑な気分になる。かつては一部の篤志家によって静かに登り継がれてきたこの難ルート。
例えるなら、応援していた自分しか知らないような無名のアイドルが、ネットでバズり急にメジャーで俗な物に変わっていくような感覚。ルート本に載り、SNSで登った話が出れば人が集まるのも仕方のない事か。

■D9
最近のルート本では八方睨側を大きくトラバースし、雪壁から取付くとある。先頭を走るAパーティもその通りのラインをとり、まさに支稜にロープをのばしているのが見えた。「このままだと午前中にピーク踏めそうですね」と見上が言う。トレースがあると、こんなにもアッサリと登れてしまうのかと少し寂しい気もする。よし、ここはリッジ通しにD9を目指そう。D8までが核心部というトポの文句にも、もう少し手を焼かせてくれよと思っていた。この時までは。

(7ピッチ目)小田
小田がリードを買って出る。そう、せっかくダイレクト尾根に来て、このままでは勿体ないというのはヤツも同じようだ。小さなキノコ雪を切り崩しながらモコモコのキノコのリッジに乗る。Bパーティもトラバースしていったが、D9への登りはトレースを追わず、敢えて違う支稜にロープを伸ばし、時間を掛けてキノコ雪にスコップを振っているのが見えた。

(8ピッチ目)天久
小岩壁からスタートする急傾斜なキノコ雪のリッジ。離陸が難しい逆層の岩にアイゼンで乗り、アックスが決まらない雪と灌木を頼りに一段よじ登る。スノーバーは1本をゼロピンにしたので、残った2本を温存しながら20mくらい雪稜をランナウト。上部には頭を覆う巨大なキノコ雪。スノーバー刺しながら苦しい体制でスコップを振り、階段を切り出して突破。この頃にはさっきD7にいたCパーティに、もう追いつかれる。トレースがあると本当に早い。彼らもトラバースルートへ進路をとりサッサと追い抜いて行った。

(9ピッチ目)小田
キノコの脇から雪壁を直上。小岩壁をもう1段登りたかったがビレイヤーから見えない位置。
こんなところで落ちると嫌なので短くピッチを切る。

(10ピッチ目)小田
雪付き浅い小岩壁。墜落には耐えられそうにない細い灌木にランナーをふたつ、スノーバーひとつ。上部岩壁基部で切る。(ここでハーケン発見!というようなダジャレはコダッチは言いませんでした。)

(11ピッチ目)天久
上部岩壁は10mほどの悪い壁。遠目には登れるかに見えたけど、プロテクションは取れそうになく、やっぱり直上は無理。ふと水平に目をやると、等間隔に幽霊のようにシュリンゲが3本垂れ下がっている。ここがルート!? と目を疑う。あのシュリンゲの先まで空中をトラバースってか!?
一応雪がバンドのように残っているけど、その下は剥がれ落ちてて空中。活路を見出せるか、ロープをつないで恐る恐る近づいてみる。壁はスッパリ切れていて、たとえランナーを掛けたとしても、雪を踏み抜けばこのシュリンゲたちはもう墜落には耐えられそうにないし、リングボルトも浅打ちで引っ張るとジワリと動くシロモノ。こんな奴らに命を捧げるのもアホらしい。

ここまで4ピッチ2時間かかったところを懸垂2ピッチで降りる。追い抜いて行った2パーティが踏み固めてくれたトレースを追うと、あっという間にさっき懸垂した高度まで復帰した。このピッチ、敗退だったけどやって良かった。人のトレースを追うだけじゃ、登ったって言えないよね。

(12ピッチ目)天久
D9に登る最後のピッチ。見上君を指名するが意外に悪いようで前進を躊躇している。ここは早めに選手交代。ムムッ、これは見た目よりも悪い。こんなところに前途有望な新人を送り出すなんてまだまだ目利きが甘かった。スイマセン。ブッ立った泥壁ルンゼに決まらないアックスでバランスをとり、イボイノシシを片手で打ち込んでゼロピンを確保。ふぅ。まずは一息ついてから離陸。頼りない灌木にすがりながら泥壁を登り、最後ヤブ雪壁の崩れるスタンスを無理やり腕力登攀でクリア。ここが一番ヤバいピッチだった。

名著「登山大系」はこうおっしゃる。「稜線上D9頭にでる。あとは忠実にピナクルを越え、本院岳頂上へ出る。」となれば、あとは先行者のトレースを追うだけ。もうピークは間近と信じて重い体を引きずる。元気の良い見上君が先頭を歩くがスカイラインで立ち止まった。ゴールが見えたか? しかし何故か目線は不自然な角度で上を向いている。
追いついて唖然。本院岳本峰はまだ見上げる高さにあり、なんとBパーティがロープ出して張り付いていた! 時計の針は16時前を指す。まだ3ピッチ分残っていた。

■本峰
(13ピッチ目)小田
ブッ立った雪壁のトラバース。 スノーバー使い果たし、ピッケルを1本スノーバー代わりに雪に刺し、ランナーにしてコルに上がる。

ヘッデン登攀を避け、このコルで幕営も考えたけど、夜は降雪の予報。明日の朝、新雪でトレースが消え、ガスって視界まで失う方がリスクが大きい。暗くなってもトレースがあるうちに登る方が得策と考え、登攀継続する。

(14ピッチ目)天久
ヘッデンを準備して16:40登攀開始。Bパーティはここから2ピッチロープを出していたが、少なくとも暗くなる前にリードだけでも登り切りたい。フォローならば暗くなっても窮地に立たされることは無かろう。これまで何度も切り抜けてきた局面だ。2人には悪いけど、ここは有無を言わさず自分が行く。
木登りからスタート。最初にとったランナーは足元から遠ざかっていく。最低限のランナーで時間を掛けずに登高を続ける。この時間の失敗は許されないので慎重に。幸い難しい部分はそれほど続かず、傾斜のゆるい斜面まで粘り1ピッチで済ますことが出来た。

ここでロープを解く。夕暮れと競争になったけど、何とかヘッデンの世話になる前にピークを踏むことが出来た。みんな笑顔だ。

稜線の向こうはこれまでの険しさから想像も出来ないほど緩やかな斜面で、どこでもテントは張れそう。みんな疲れているし本当はこの辺で張りたいところではあったけど、八方睨とのコルまで更に2時間行動。雪崩斜面のトラバースで1ピッチ。翌日八方睨の下降で懸垂1ピッチ。

メジャーになってしまったとはいえ、本院岳ダイレクト尾根。最後まで気を抜けない名ルートだった。これで完登ルート6本目。見上君はトレースの無い時にもう一回来たいと。

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