黒部 サンナビキ谷左俣

秘瀑 サンナビキの滝

日  程:9/18-21
メンバー:L天久、堀内、西村
ルート :黒部 サンナビキ谷左俣

1日目
8:50 鐘釣温泉駅 - 11:00 サンナビキ谷出合 – 14:30 C1
2日目
6:00 C1 - 7:00 取水口 - 8:00 二俣 - 16:00 C2
3日目
5:30 C2 - 10:00 サンナビキの滝取付 - 14:00 尾根上 - 15:30 C3
4日目
5:30 C3 - 8:40稜線 - 12:50 片貝林道終点

2005年秋。沢を初めて4年目、前所属会1年目にサンナビキ谷右俣を遡行。当時、着いていくのに精いっぱいでまったく余裕がなかったけど、偉大なリーダーに導かれ初めて5級沢を遡行する事が出来た。それ以来、左俣はいつか自分がリーダーでという想いを抱きつつ、16年の歳月が流れた。

【1日目】朝のうち雨 その後 晴れのち雨
1週間、オレらの気を揉ました台風は、気まぐれにも進路を日本海から太平洋へと変えてくれた。おかげで北陸は初日に多少の雨は残るものの、2日目以降は好天が約束され、我々は計画を実行に移すことができた。

サンナビキ谷は1985年に完成した出し平ダムによってその出合が沈み、閉ざされた渓谷となった。アプローチはトロッコの鐘釣温泉駅から黒部川本流を下降してくるのだけど、上流に位置する小屋平ダムの放水具合で水量が大きく変わる為、渡渉は不確定要素が多い。如何に入渓するかが成否を分ける第一関門となる。

入渓直後は両岸50m以上切り立ったゴルジュ。黒部の雰囲気をひしひしと感じながら遡行が始まる。左岸の壁に大きな滝を2つ見送ると、去年アクシデントで敗退した3条5mの滝が待っていた。今回も水勢は強い。因縁の相手ではあるが、ここは喧嘩をせず高巻を選択。先ほどの左岸の滝付近のリッジからブッシュを伝い、3条滝を軽く巻くつもりが、どんどん追い上げられる。沢床が見えないので、迂闊に下降すると、まだ滝の手前という事になりかねない。支尾根を二つ跨いだところで大岩壁に進路を遮られるが、幸い沢床が見えた。3条滝を越えているのを確認して懸垂をセット。いきなり空中懸垂だ。ロープに身を預け、宙ぶらりんのまま送り出しの残りロープを落とす。沢は遥か下方で物凄い高度感。50mじゃ全然ダメそう。これが届かないと尺取虫になって登り返しだなあと案じるも、幸い末端は中間バンドに届き、次の支点に出来そうな灌木が一本。ツイてるぜ!  35m+50mの2ピッチで沢床に復帰できた。

しかし前方にはすぐに20+8mの2段の滝。この頃には雨が降り出し、豪瀑と化しつつある。地形図ではその後ゴルジュが狭まるので前進を躊躇する。幸い巻いた滝の上に安全な段丘があったのでここをテンバとし、まだ14;30と少し早いが行動を終了した。
初日から全身ズブ濡れでの不快なビバーク。堀内が焚火を起こしてくれたが、服が乾くよりも雨に濡れるほうが早い。なけなしのビールを飲み干し早々に就寝。
22時ころに雨はやんだようだ。夜空に山影が浮かぶ。姿は見えないが月は出ている。

【2日目】晴れ
水量は幾分落ち着いたように見える。朝一からゴルジュ内の巨岩に掛かる滝をいくつも超える。昨日突っ込んでなくて良かった。巨岩帯を過ぎ、谷が広がると取水口。それ以降は10~15m程度の滝がいくつか出てくるが、いずれも登れないもので、大岩の穴を潜ったり荷揚げして側壁を登ったりを繰り返す。
体力は使うが悪場は少なく二俣には順調に2時間で到達。ここからは自分にとって未知の世界。(と言っても、ここまでも昔過ぎて忘れてたけどね。)

左俣に侵入するや、その雰囲気は一変。ゴルジュの両岸はいよいよせり上がり、黒部がその本領を発揮する。前方には岩壁を断ち割るようなV字状の切れ込みが。あんなん登れるんか?と警戒しながら近づくと、流れは10m斜瀑の後ろで左折しておりホッとする。んが、そちらも見上げる25m直瀑。とても手が出る代物ではない。

側壁頭上のブッシュに逃げ込むまで灌木僅かな岩のリッジにロープ2ピッチのばす。雪国特有の下向きに伸びる密藪に絡まれ体力を吸い取られていく。やっと25m直瀑を越えたと思ったら、眼下には通行困難なゴルジュがうねっていて、我々を水線に下ろす気はないようだ。さらに前方には一条20m、5mと滝が連なっているので一気に巻く。地形図で1㎝の区間に3時間以上を費やす大高巻きとなった。

久々に沢床に復帰したが、谷は巨石が埋め尽くし伏流帯となる。せっかく沢に戻ったのにヤレヤレ、大汗をかいてボルダーの乗っ越しを繰り返す。
水が復活するや2段30m滝に行く手を遮られ、またもや高巻きを余儀なくされる。巻き上がるにつれ全容が望め、それは全部で5段60mの滝だった。下2段は大岩壁を落ちる直瀑。3段目は美しい一条のトイ状15m。上2段は秘めたる釜を持つ5+10m。それぞれが個性的な名もなき連瀑。
本日2度目の大高巻き。実は高巻きのルーファイが好きなオレとしては、これはこれで楽しかったりするが、雪国のこの手のヤブに不慣れな2人は、シンドイ以上の何物でもない様子。1時間半、ヤブと戯れ連瀑の落ち口付近、ここぞという場所に復帰。今日はよく巻いた。
雨の心配はないので高い側壁に囲まれた、僅かな河原にC2を設けた。雪崩が運んできた豊富な薪で大焚火をし、昨夜濡らした装備を全て乾かしてオヤスミ。
ゴルジュの底から見上げる空は狭く、今宵も月は姿を見せなかった。

●3日目
明るくなると同時に行動開始。今日はいよいよサンナビキの滝とご対面の日だ。ゴルジュの先の悪い滝も西村が颯爽とロープを引き、堀内がCS滝を鮮やかに越えてお助けアブミで後続を迎える。

先人の記録だと右岸から高巻き尾根を越え大滝の正面に出る。同じラインを狙いルンゼを拾いながら高度を稼ぎ、今日も激ヤブに突入。傾斜も増し樹木に絡まれ昨日よりも悪いヤブが続く。尾根に登り詰めると見えるハズの大滝が見えず焦る。巻きの入りが早すぎたか? ここでのタイムロスは致命的。いや、まだだ。1本大きめのルンゼを隔てた先の尾根を目指す。幸い思ったほどの距離は無く、次なる尾根に這い上がり今度こそ目的の滝を見た。
思わず歓声。正面に見えるはまさしく黒部の核心。サンナビキの滝。
釣鐘状に大口を開けた最下段から6段に連なる見たこともない異様な形状。深山にひっそりとたたずむその姿。秘瀑がそこに鎮座していた。これを目にした者はそうはいまい。

滝に近づくために更にヤブをトラバースし、岩稜から懸垂2ピッチで取付きのガリーに降り立つ。ロープの切断がなければ1ピッチで行けた。ここまでのヤブ漕ぎに3時間半を要し時間は10時。イメージより1時間遅いが、まだ完登はイケるか。
1段目の落ち口に近い高さから、2ピッチのトラバースで滝への侵入を果たす。
2段目は左岸ガリーをフリーで登り、これまた草付きバンドからトラバース。バンドへ上がる出だしが悪いがそこは空荷でクリア。その先2段目落ち口への入口が判然としない。ロープも足りるか確信が持てず、3段目落ち口上の岩壁でピッチを切る。

ちょっと時間を食ってしまった。滝心へ復帰したいがすでに時計は12時半を指している。ここで判断を見誤ると快適なビバークは保証できない。逡巡するが時間優先とし、下降ではなく登高で修正を試みる。リッジにロープを伸ばし、傾斜の緩んだ藪の入口でピッチを切る。2番手で上がってきた西村に先の偵察を頼み、ラストの堀内を上げる。一旦ロープをたたみ藪中の仲間のところで集合。すでに5段目上部ほどの高さまで来ていて、滝心復帰は厳しくなってきた。
大滝の上には通行不能のゴルジュも控えているし、残念だけどここは滝から離れ先を急ぐ事にする。悪いルンゼでロープを1ピッチ出し、サンナビキの滝を最上段まで巻ききった。その後は尾根を直上し、地形図上の緩傾斜帯をトラバースしてゴルジュをかわす事にする。


ひとしきりヤブを漕ぐと前方に雪崩で磨かれた大スラブが広がっていた。地形図の緩傾斜帯だ。あの斜面をトラバースするしかないけれど、もしここでロープを出す様ならスラブ上で日暮れを迎えるだろう。みんなの疲労も最高潮に達しているが、こういうのって気持ちが折れると負けなんだよな。冷静にラインを読めばホールドスタンスはあるので、高度感を我慢して進めばよい。気力を振り絞り、目標としていた前方の尾根を越えた時、源頭の風景が目に飛び込んできた。これで帰れる。
この夜、待宵の月が初めて姿を現し、タープを煌々と照らした。明日は十五夜。

●4日目
最終日。もう後はひたすら稜線を目指すのみと安心していたが、薄っぺらいスノーブリッジが出てきたり、滑り台状の傾斜の強いナメ滝が続いたり、登れない小滝が続いたりと、黒部の渓は最後まで簡単には許してくれなかった。

残り標高差400m、2~3時間というオレたちの予測に反して4時間を要し登山道のない北方稜線へ到達。そこには富山湾の眺望が待っていた。
サンナビキ谷左俣。ここまで本当に長かった。ようやく積年の目標にかたをつけることができた。

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