屋久島 小楊子川左俣

日  程:2023年8月11-15日
メンバー:L天久卓也、堀内謙、岡嶋芽、会外1

1日目
 14:30 大川林道入口 - 16:00 小楊子川 C1
2日目
 5:30 C1 - 徒渉 - 5:50 小楊子林道 - 7:00 入渓点 - 12:00 コケシスラブ
 - 14:30 斜瀑 - 高巻失敗 - 17:30 C2
3日目
 5:30 C2 - 13:00 C3
4日目
 5:50 C3 - 7:00奥の二俣 - 8:00 小楊子大滝 - 高巻き - 8:45大滝上
 - 10:40 稜線 - 11:30 宮之浦岳頂上 - 14:00 新高塚小屋
5日目
 4:40 C3 - 5:40縄文杉 - 10:00 白谷雲水峡バス停

 今年のお盆はいつもの山行とは違い、新幹線、船を乗り継ぐ旅。南の島に渡って沢登り。そのプランだけでも気分は盛り上がる。しかし7月27日にフィリピン付近で発生した台風6号は、沖縄付近で約10日間迷走し、山行直前の8/9に屋久島付近をゆっくりと通過。線状降水帯に掛った島では観測史上最大雨量となる800mmの連続雨量を記録した。これは通常8月1か月間の2倍近い雨が一気に降ったという事。屋久島は水の引きが早いというが、直前にこれだけ降られて、果たして沢登りが出来るのか?
 今回は東京から嶋津さんが参加。これまで15年ほどロープを組んだパートナー。

■1日目(晴れ)
 台風に気を揉んだが無事に鹿児島入りできた。蛍雪3名は港で合流し熱帯夜のオープンビバークで朝を迎えた。嶋津さんも飛行機の運航が危ぶまれたけど、無事に落ち合う事が出来ひと安心。南アのドンドコ沢から1週間での再会だ。
 6時前に切符売り場に並び、一番乗りで乗船。台風の影響でフェリーはこの10日間のうち9日欠航し、この日が再開初日らしい。ギリギリ台風をかわしたが、果たして運が良いのか悪いのか? 沢登りになるのか? 4時間の船旅の後、太陽がまぶしい屋久島に上陸。

 タクシーで栗生を目指す。ちょうど島の反対側で60Km弱の移動。少し寄り道し、水量把握のため小楊子川と尾根を隔てた隣の大川(おおこ)の滝を見にいく。落差88mを誇るこの滝は日本の滝100選に選ばれとても優美。と言いたかったが、見なけりゃ良かった。
 巨瀑は雷鳴の如く地響きをたて、滝から離れていてもそのミストは真横に噴き荒れ人々を呑み込んでいる。唖然としている我々をよそに、タクシードライバーは、「水はもう引いてますね。台風後はこんなもんじゃないです。」という。マジですか!?

大増水の大川の滝

 大川林道の入口でタクシーを降ろされ、小一時間灼熱の林道を歩き、中間尾根を越えて目的の小楊子川へ降り立つ。ちょうど沢が大きく蛇行する所で、本来なら広い河原のハズが、この日は川幅一杯の重い流れとなっていて徒渉もままならない。沢というよりも大河だ。しかし大増水なのに、なぜか水はブルーで美しい。これでも水は引いてるという事?
 初日はあえて前進せず、ここでビバーク。翌朝の減水具合をみて遡行の可否を判断することにした。明日、目の前の沢を徒渉できなければ下部はあきらめ、大川林道から花山歩道をつたって二俣の上までショートカットしなければならない。

小楊子川 翌朝これが渡れないと敗退

■2日目(晴れ)
 5時半に出発。晩で8㎝減水した! これでもまだ水は多いけど前進できると判断。流れのゆるい所を選んでロープを出し、飛び石をつなぎ最後は泳いで渡る事に成功。左岸にのびる小楊子林道を終点までショートカットし、本来の入渓点へ降りた。
 この島は相当減水が早いのか、水勢がかなり落ちてる。皆で顔を見合わせ安堵。これなら沢登りできそうだ。嬉々として遡行を開始する。屋久島特有の巨石帯はそのデカさゆえ進路が見通せず、登ったり下りたり、右往左往したりと迷路の様。
 いくつかのデカい石を乗っ越し眼前が開けた時、真実を知った。巨石が積み重なり爆発的に吹き出す水流、渦巻く大淵。その光景は凄まじく一同言葉を失う。さっき見た渓は本流から分かれたインゼルだったのだ。側壁は100m以上あるスラブや岩峰。屋久島らしいスケール感だけど今は脅威でしかない。

屋久島はスラブも石もカマもスケールがデカすぎる

激流を泳いで徒渉

 小楊子川の下部は一軒家くらいある巨石、100m以上あるスラブ、カマというにはあまりにもでかいプール。そしてマシマシの大水量。どれをとっても圧倒的。水線通しでの通行はほとんど不可能で巻きが多くなる。地形図を見ながら右岸左岸と渡って緩傾斜をいきたいが、徒渉できる箇所はほとんどなく、大きな高巻を強いられることもしばしば。
 右岸前方に特徴的な岩峰が見えてくる。名物のコケシスラブだ。ここは平水でも水線通しの遡行は困難らしいので、我々はハナから高巻を選んだ。懸垂2ピッチで沢に戻るとまだ2時前。あと500mほどで目標の二俣だ。思いのほか良いペースでの遡行できており、この日は余裕と思った。この時までは。

ヤバい斜瀑の登攀

 次に出てきた水勢の強い斜瀑は左岸スラブにフリクションを効かせて堀内がフリーで突破。テラスにリングボルトがあったので後続はロープで確保して登る。水線は行けないので続くスラブにロープをのばして岩壁まで直上。この先、ルートになり得るのは湿ったチムニーしかないように思える。しかし傾斜は強く、左側は滑ったクラック。右側は2段のCSと手ごわそう。 ロープを出してみる物の、1段目のCSは越えられたが2段目はフリークライミングの範疇。しかもプロテクションは取れない。ここはムリをせずハーケン2枚残置し懸垂で戻って、先ほどの斜瀑下まで引き返す。
 右岸に渡れれば楽に巻けそうだけど、斜瀑下のカマが徒渉できないので、左岸の大高巻へと舵を切る。ヤブから岩峰の上に巻き上がり、先ほどのチムニーの抜け口を上から跨ぐ。しばらくトラバースで進み、岩壁に阻まれたところから懸垂で水線に戻る事にする。
 ロープ2本繋げ下降。垂壁に近いスッキリしたフェースから濡れたジェードルへと降りていく。下がるにつれ徐々に見えてくる白い渦。ゴウゴウと唸る激流。イヤな予感。
 まずい。ここは降りるべき場所ではなかった。とりあえず狭いテラスに立ち下降をストップ。時間は16時くらい。
 降りてきた壁を見上げるが普通には登れそうになく焦る。考えろ。考えろ。なんとか本流をヘツレないかとも思うが探る時間はないし、ここでハマると進退窮まる。コールしても上に声は届かない。逡巡した結果、登り返しを選択。

 空荷になり、身につけているガチャ類、カメラ等一切の物をザックに収めて1本のロープ末端に固定。もう1本はフリーにしておき、最悪ザックが引っ掛かって回収出来なくなってもロープ1本は回収できるようにしておく。システムが間違ってないか何度も確認し自己脱出開始。
 訓練で何度も使っているシュリンゲだけど、ロープが新しいからか、体重を預けるとフリクションノットがジワジワと滑る。その度に溶断の恐怖が頭をよぎるが、今は繰り返し作業を続けるしかない。残り10m位で仲間の姿が見え安堵するも、腕はパンプし、息も絶え絶え。やっとのことで40mを登りきると、堀内が手際よく3分の1システムを作ってザックを引き上げてくれ無事に回収することができた。

徒渉できずに奥の巨石帯、斜瀑、岩壁でハマった(翌朝減水 徒渉して撮影)

 時間も17時なので、高巻いた経路を戻ってまずは沢へ。ビバーク地を探すが良い所はなく、藪の中で見つけた4人が寝られる平坦地でタープは張らずにビバーク。夜はガスでお湯を沸かして非常食にした。
 順調に進んでいたところで2つの失敗。翌日、二俣まで時間が掛かるようだと完登は厳しくなってくる。

■3日目(晴れ)
 今日も5時半行動開始。少し減水し前日渡渉できなかった斜瀑下のカマをロープ出して渡ることが出来た! ここがダメなら左岸岩峰を越えて延々高巻き、時間切れ敗退も頭をよぎっていたが、右岸は予想通り斜瀑の巻きも簡単でホッとした。立派な屋久杉が生えるデカいインゼルや巨石を乗っ越しながらも遡行はスムーズに進み、1時間足らずで二俣に到達。昨日の遅れも取り返せたし、大水量もここから半減と思うとかなり気が楽になった。

左俣に入ると やっと沢登りのスケールになった

枝ぶりの良い屋久杉が増えてきた

 左俣に入ると美しい釜、ナメ、ポットホール、そして雰囲気の良い杉の美林が続く。小楊子川がやっと我々に微笑んできた! とはいえ、泳ぎや滝の側壁登攀、巨石の乗っ越しは相変わらず続く。
 昨日の自己脱出も相まって体力は吸われていて、もうヘロヘロ。上部ゴルジュに入ってしまうとテンバが無いし、ここまでも河原は皆無だったので早めに手を打つ事にする。
 大スラブ基部の高台に平たいテラスを見つけて、13時過ぎ早々に行動終了。日当たりの良いスラブにロープを張って濡れた衣類を干す。いよいよ稜線が見えてきたぞ!

■4日目(晴れ)
 遡行最終日。渓は開け、空は明るく、日本庭園を思わせる枝ぶりの良い杉と岩の配置が心和ませる。でも、まだこの沢のハイライトは過ぎていない。
 1,450mの奥の二俣を過ぎるといよいよ上部ゴルジュが始まる。入口には鏡のように美しいカマが広がるが、その奥には我々の侵入を拒むように登れない滝が構えている。高巻きから廊下の底に戻ると、両岸は高く立ち上りCS滝が次々と現れる。泳ぎを交えて4つの滝をフリーで登り、二つ目のクランクを曲がった先にそれは目に飛び込んできた。小楊子大滝。2段70m。源頭に近いこの位置にこれほどの大滝があろうとは。

上部ゴルジュ内

小楊枝大滝

 屋久島には竜王の滝(宮之浦川)、千尋の滝(鯛ノ川)、大川の滝(大川)など、豪快な大滝がいくつもあるけど、この滝はそのどれとも違い、立ち姿がスッとしていて気品に満ちている。これを目にするために、オレ達は困難な遡行をしてきたんだ。

 右岸から傾斜の強い笹の密藪を漕ぎ、狙った通り最短距離で高巻き落ち口から滝を見下ろした。その後、エメラルドグリーンに輝くハート形のカマ、小規模な廊下を越えると、傾斜は緩み一気に源頭の雰囲気となる。青空の下、草原にナメが続き、まさに海上の楽園。仰ぎ見る稜線は、まん丸く転がっていきそうな花崗岩が乗っかり、屋久島独特の風景を演出している。最後はほとんど藪を漕ぐことなく、昼前に永田岳と宮之浦岳をつなぐコルへ飛び出し、長い長い遡行を締めくくった。
 九州最高峰、宮之浦岳のピークを踏み、電波が入ったので台風後の入渓で心配しているであろう会のみんなに、無事遡行成功の一報をメールで送った。あとは荒れ気味の登山道をつたって、新高塚小屋へ。

 

■5日目(晴れ)
 暑くなる前になるべく進んでおきたいので、4時半に出発。縄文杉でちょうど日の出を迎えた。太陽に照らされ、肌が赤く染まっていく姿は感動的。トロッコ道に出てからは、これから登る多くの登山者とすれ違い、10時頃に白谷雲水峡へ下山。暑い暑い宮之浦港の民宿で汗を流し、その後は打ち上げ。下界のビールは美味すぎる!
 この日、大阪は台風7号が直撃。今回は台風一過に屋久島へ渡り、台風一過の大阪に帰るという、スキマを上手く縫うことが出来、大成功!! とこの時は思った。

朝日に染まる縄文杉

■6日目(曇りのち晴れ)
  嶋津さんは事情により飛行機で前日に帰京。元気が有り余っている岡嶋は引き続き屋久島旅行を継続するので、堀内、天久2名だけの帰阪。トッピーで早く帰ろうという目論見は、満席であえなく失敗。午前中のフェリーはいびすかすで鹿児島に渡ることにした。
 この日はもう台風の影響は無かろうと思っていたが、なんと静岡での大雨で東海道新幹線が止まり、まさかの山陽新幹線にまで影響が及んだ。
昼過ぎには山陽新幹線が再開し、安心した我々は鹿児島中央駅でノンキに打ち上げ。定時発車の新幹線に安心して、車中でもビールをあおり、ホリケンが自分用に買った焼酎にまで手を出す始末。
 寝落ちしてる間に事態は急変。博多を過ぎ山陽新幹線の区間に入ると玉突き的に各駅に車両が滞留。新大阪到着のアナウンスで目を覚ますと、ナント深夜2時! 酔っぱらって寝てたので全然快適でした。
 改札口は行き場を失った人々であふれ、当然タクシー乗り場も長蛇の列なので、そのままビバーク。始発の地下鉄で帰宅し、そのまま出勤というオチが付いた。
 最初からずっとギリギリだったけど、なんとか全部つなげた。これで本当に、長い旅が終わった。

遡行図 屋久島 小楊子川左俣

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